前々回の内容に
(「とりあえず勉強」に陥った場合の症状)
この症状は、個人差が大きいのですが、その主立ったものをあげてみましょう。
1 「この問題の解き方を説明してごらん」と質問すると、説明出来ない。
でも、正解はなぜか出せる。
2 他教科は良くないのに、社会だけがほどほどに出来ている。
3 「うちの子、問題文をよく読んでいないんじゃないか」と思うことがよく
ある。
4 カリテや週例テストやマンスリーはあまり悪くないのに、広い範囲の模擬
試験になると順位がガクンと下がる。
と言うのを書かせていただきました。
今回は、その2「他教科は良くないのに、社会だけがほどほどに出来ている。」の原因とその対策について思いつくままに書いていこうと思います。
私が主催する名門指導会では、勉強会を恒常的に行っています。
指導している生徒の情報交換であったり、指導法の相談であったり、時には塾スケジュールの確
認とその対策だったりします。
ですから、うちの講師の先生方は、自分の担当していない生徒であっても、名前はもちろんのこと、何講師からどのような指導を
受けているのかがほとんど分かっています。
たぶん、これほど一人一人の生徒の指導法について、いろいろな講師が知恵を絞っているところは無いのではないか
と自負していますがどうでしょうか。
半年ほど前の勉強会で、ある講師がこんな事を話し始めました。
「どうも社会科脳というのがあるように思う。端的に言うと、社会だけは点数が取れるのに他教科が良くないという状態なのだが、」と話し始めました。
その講師は、算数も国語も社会も指導できる(さすがに理科は無理だそうです)珍しい能力の持ち主です。
名門指導会では、教科専任制を取っていますし、中
学受験指導という職人技を要求される部門において、どの教科も指導できますという人に限って、どの教科も指導できるレベルには達していないということを何
度も経験していますから、文系と理系両方を指導できるのは希有なことなのです。
「算数を指導していて、問題の条件の把握と題意の認識が混乱しがちな子がいる。そのような子は例えば、今回の○○塾のマンスリーの国語で、「2人は兄弟の
ように仲が良かった」という文章と、他の場所にある「親友」という表現の重要度の違いを理解できていなかった。「親友という範疇の中の、兄弟のように仲が
良い2人」ということがとらえられずに、「兄弟」であり「親友」というように、2つの事柄が並列に置かれてしまう。これは、文章を読み飛ばしているという
だけの問題では無いように思う。」
「前提条件とその前提条件の中のある事象という積み重なり方が分かりづらいということですか?」
「そうだと思います。そのような子は、算数を指導しているときに、「てにをは」の使い方が不正確だということも感じる事が多いな。」
「確かに、「240で割ると、240を割る」で混乱してしまう子がいるよね。」
「そういう子たちの中で、社会だけが得意という子が多いと思うんだけれど、どう?」
「○○君がそうだったね。△△さんもそれかな。」
「問題文の意味をとらえさせるのに最後まで苦労した□□さんもその典型かな。」
「ところで、それと社会科脳とはどう関係するの?」
「これは、あくまで仮説なんだけれど。算数や国語という教科は前提条件とその条件の中での条件や結論があるよね。その構造を理解させることが、問題文の意
味をとらえさせることの大きな要素だよね。「これは前のことに矛盾しているけれど、比喩表現としてとらえれば大丈夫」とか、「この条件の中でしかこのこと
は使ってはいけないんだ」とか、文章同士の軽重や単語同士の優先順位を考えたりするよね。」
S講師の熱弁が続きます。
「ところが社会の場合は、特に中学受験では、重要言語がすべて並列なんだよね。足利尊氏が室町幕府をつくったことと足利義満が金閣寺を作ったことは、お互
いに制約を受けない、完全な並列関係。社会科の勉強は、並列する知識を頭に詰め込んでいく作業で何とかなってしまうんだよね。学問としてはこれだけでは困
るんだけれどね。」
S講師には、続けて社会科脳の特徴を尋ねました。
S講師曰く、
「社会科脳って、条件を考えないで事象を処理したり、いわゆる丸暗記のかたちで情報を蓄積する思考のことととりあえずここで定義したわけです。幼児教育で
百人一首を丸暗記したり、フラッシュカードの残像を維持したりする能力とほぼ同じです。幼児期では、それほど論理性や思考能力が発達しているわけではない
ので他に教育方法がありません。しかし、小学5年生にもなってそれを学習スタイルの王道と考えるのはよくありません。」
S講師には、なぜそのような考えに至ったのかも尋ねました。
「中学受験の家庭教師である男子を指導した経験からです。私の経験では、社会が得意なお子さんは、先ほど触れたように、算数と国語のような「こういう場合
ではこのように処理するまたはそのようには処理できない」という条件づけの問題が不得意です。実際、偏差値では社会が60近くあっても、算数は55前後、
国語は50前後のお子さんが意外に多い気がします。一般的に言って男子は国語が不得意ですが、逆になぜ社会が得意な子が多いのかを考えた方がいいのかもし
れません。とにかく、社会の学習スタイルに合わせて算数と国語に取り組む思考回路になっていると想像できます。私は脳科学者ではありませんが(笑い)、社
会の学習方法=語句の大量暗記、一問一答の即答、ほぼ学習時間に比例した偏差値は、そのお子さんの脳にとって<快楽>になってしまっているのでしょう
ね。」
そこに参加している講師一同、大きくうなずいています。
さて、ここまでが社会だけができる子が、なぜ伸び悩むかという理由です。
それでは、どうすればいいのか。
簡単に言うと、「自分の頭の中にある言葉で考える習慣をつけさせる」ことです。時々、ぶつぶつと独り言を言いながら問題を解く子がいます。
「太郎君の進んだ距離がこうだから、…そうすると距離の差は…」
と、横で聞いているとどのように考えているのか全部バレバレの子です。このようなお子さんは、スピードはありません。頭の動きは、話し言葉の何倍も速いの
ですから、言葉として音声にしている限りスピードは上がりません。でも、いずれ必ず成績が上がっていくお子さんです。(適切な時期に、声に出さず頭のなか
だけで考えるようにしていく方が良いのですが)
このように、考えていることを(感じていることを)言葉にしていく練習が効果的です。これには、親御さんの質問力が問われます。
「この式で何が出たの?」
「その数字の単位は?」
「その問題では、何がわかってるの?」
「何を問われているの?」
「どんな図を書けば解けるように感じる?」
このような質問を適宜使い分けてください。
その際に大切なのは、親御さんとお子さんとの非言語コミュニケーションなのです。
質問という言語を投げかけているのに、非言語?と思われるかもしれません。
この内容については、次回に書いていく予定です。