■小学校高学年で「やる気」を無くす子どもたち
ここ最近よくあるご相談が「子どものやる気が急になくなってしまった」というものです。親から、あるいは塾の先生から見れば「急」なのかもしれませんが、割と時間をかけてそうなったとか、張り詰めていたものが切れたとか、そんなケースが多いのです。
高学年になるにつれて、勉強において最も求められる力は、考える力であり、その気力になっていきます。子どもが勉強していて、「自分にはこの問題が解けるはずだ」と思えるかどうか。それはこれまでの経験で決まります。
試行錯誤し、手を動かして、やっているうちに法則なり、決まりに気づく。あぁ、苦労したけどこれでやっと少し楽に解けそうだぞ、なんて考えながらニンマリしたり、頭を抱えたり。
そんな経験を惜しまずやってきたか。
■「手っ取り早く答えが出る方法」を知るのが勉強なのか
担当を始めたばかりの頃、「その説明はいいから、答えが出る解き方を早く教えてほしい」といった意味のことを言う子がいます。手っ取り早く、すぐに解決できる方法を教えてほしい、という意味です。
すぐに答えが出る方法を知ることが大切なんじゃなくて、自分で解き方や考え方がわかるようになることが大切なんだ、と言っても、いや、そんな悠長なこと言ってられないよ、だってこの1時間で10問解かないと、お母さんに怒られちゃうんだ、とでも言いたげです。
答えを出すための「手っ取り早い方法」を求めるこの子が悪いのでもなく、この子がなかなか宿題を仕上げられないからと気を揉んで、ついつい口うるさくなってしまうお母さんが悪いのでもありません。
でも、もしもお子さんがまだ低学年なら、「来週のテストのための勉強」ばかりにしてあげないでくださいね。低学年のお子さんが「来週のテスト」でいい点をとるのは、割に簡単です。すべて覚える、写真のように記憶の中に写しとって、次の週に再現する、ということが低学年のお子さんには可能だからです。
可能だからといってそんな勉強ばかりしていると、考えずに覚えるということが勉強だとお子さんが勘違いしてしまいます。
でも、低学年のうちから塾に通わせていると、知らず知らずのうちにそういう罠に気づかずにはまってしまいがちなのです。
■「できた」と思っていたのに
一週間がんばった「証」としての確認テスト。先週やったことと「同じようなこと」が再現できれば、親は安心します。「この単元は身につけてくれたな」と。でも、できたできたと思っていたのに、範囲のない大きなテストになると、似たような問題ができない。
忘れてしまったの?ちゃんと出来ていたのに。
親はそう思いますが、実は単にあたりまえのことがおきているに過ぎません。最初から「わかって」いなかったのです。「やりかた」「答の出し方」を覚えていただけだからです。
このような状態にならないために必要なのが、何かに没頭し、考え、どうすればいいかな、と考える習慣、機会です。未解決な問題の解決法を、自分でいろいろ悩んで考えるのです。
大人から見てくだらないことでもいいので、お子さんが深く考えて没頭できる何かに、集中させる時間をとってあげる。とくに「勉強」でなくてもいいと私は考えています。どうしたらいいだろうと考え、試行錯誤し、悩んで、行動して、反省したり納得したり。
そんなことに費やせる時間をとってあげると、お子さんが小学校の高学年になったとき、「あの時のあれがここにつながっているのかしら」と思うことが待っているはずです。
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